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法事と~ 背中の痛みと検査


(2015年 春・桜 満開です (*^-^*))


(……四十九日、そして背中の痛みと不安)



先週末、無事に義母の四十九日の法要が終わりました

お葬式から 一ヶ月余り・・・
月日の経つ早さに、今更ながら驚かされます _(._.)_

あれから~、何かにつけて義母の面影が脳裏をかすめては 一人グシュグシュ( ノД`)…

もっとしてあげる事があったのでは?
私の病気の事で、義母にもずいぶん心配を掛けちゃったな……と、どうしても後悔の念が先に立ってしまう私です



そんな中……
自分の体調にも、チョット気掛かりな事が有り(×_×;)、何だか不安な気持ちのまま日々を過ごしていたのですが、3/19 に、2ヵ月ぶりの定期検診を受けて来ました

術後まもなく2年 …… (2013年5月)
何せ、この病気は いつ再発・転移してもおかしくない!という厄介なシロモノですからね~
体の異変には、ついつい敏感になってしまいます┐('~`;)┌


実は 私、ここ数ヶ月前から
左の背中(肩甲骨の近くの 体の奥の方)に痛みが有り
「ん?何?」「あっ、又 あの痛みだ……」 という様な鈍痛が 不定期に 繰り返し起こっていて……
暫く、一人で悶々と 悩んでおりました( ̄~ ̄;)

……とはいえ
もし、悪い結果だった場合の事を考えると
「早く見つかっても、そうで無くても……予後は変わらない」という言葉も 頭をかすめる訳でして~

その度に “落ち着け!落ち着け!”と自分に言い聞かせては、今回の通院日を待っていたという訳です


そして 当日、Dr.に報告
案の定、Dr.は いつもの口ぶりで「まっ、あまり心配はいらないと思いますけどね……」と言いつつも、念の為という事で、外来の診察の後に マンモと血液検査をして下さった


そして 今日……
その結果を聞きに再び病院へ

結果の事を考えると~、ここ数日 何だか無性に気が重くって……、ついつい口数も少なくなる私
「大丈夫だよ」と 夫は言うけれど、当事者の私にしてみたら、そんな軽いものじゃ無いんだよなぁ~

初発の告知を受けた時の気持ちとは、明らかに違う・・・
Dr.からの回答をちゃんと受け止める覚悟(勇気)が 今の私にあるのか?
ついつい、そんな事迄 考えてしまう……(>_<")


そして・・・今日の結果は?
対側のマンモ、そして 血液検査にも 特に異常はみられなかった

良かった ( ̄▽ ̄)=3


今回、初めて 血液検査の検査項目の中に、1CTP(骨転移を調べる 腫瘍マーカー)を見つけた
……数値は 4.2 ng/ml(基準値 4.5)

やっぱり Dr.も 骨転移の心配をしてくれていたんですね



取り敢えず、ホッと胸を撫で下ろしつつ……ついでに、胸・脇・鎖骨・首回りのエコーを受けるも、こちらも問題無しとの事

「じゃあ、この背中の痛みは 何なんでしょうね?」と腑に落ちない私
すると、Dr.は「意外と年齢的なものかもしれませんよ~」と言いつつも、「まっ、乳がんが原因じゃ無い事が分かるだけでも、少しは 気持ちが楽になると思いますから、じゃ 今回、一応 CT検査をしておきますか?」


……という事で
もちろん、快諾の私 (⇒検査は 4/13)

大丈夫!きっと 大丈夫さ・・・(´ー`*)


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あの日の被害者……サリンサバイバー?

(……今日の夕刊から)


そう(´-`)
今日、3月20日は 20年前、あの【地下鉄サリン事件】が起こった日なんですね

ここ数日、テレビや新聞でも その話題を目にする事が増え、又、あの忌まわしい事件を今更ながら 思い出している今日この頃ですが


そんな折……
20日付け 朝日新聞の夕刊の一面に、偶然 知っている方のお顔を見つけました……


勝俣 範之医師
現在は 日本医科大武蔵小杉病院の腫瘍内科医をしていらっしゃるDr.でして、これまで様々な書籍も出版なさっているので 、ご存知の方も多いはず……

あっ!それから~
あの「抗がん剤は効かない」の著者 KDr.と真っ向から意見を対立させている医師としても有名ですね


実は 私、以前、講演会を聞きに行った際、先生とは 一度食事の席で ご一緒した事がありましてね


その時の印象は……
ちっとも偉ぶって無くて~、優しくて、それでいて、ご自分の信念をきちんと持っていらっしゃる方なんだな~って感じ

参加した患者さん一人一人の質問にも、嫌がる事無く、親身になって とても分かりやすく丁寧に応えて下さり……
とても親近感が湧いたのを覚えています


あの日、そんな先生を 傍らで拝見していて思った事は……
先生は~こうして直接 患者さんに接する事が きっとお好きなんだな
そして 普段から こうして寄り添う事を大切に考えている方なんだろうな(*´-`)って事

そう……先生はそういう腫瘍内科医なのです(´ー`)
私の担当医師の 外科のDr.も、こんな先生だったら 良かったのに・・・
正直、その日は そんな風にも思ったのでした



……そこで 本題、今日の新聞記事ですが

勝俣Dr.が 何故に そんなにも患者思いの医師なのか?
それを、垣間見る事が出来た……そんな内容の記事だったので ご紹介したいと思います


↓↓↓




ビックリしました!
何と……勝俣Dr.も あの日、あの電車に乗り合わせた サリン被害者の お一人だったのですね・・・


【僕は サリンサバイバー】
先生は、ご自分の事を そう言っていらっしゃいますが……詳しくは、18日付けの 先生のブログにも記載されていましたので、ご興味のある方は 是非読んで見て下さいませm(__)m


尚、今日ここにUPした新聞の記事では、少し不鮮明な所もあるので、念の為 新聞の記事の概要だけ 書き残す事にします

↓↓↓

被害の医師、初めて詳細体験つづる

《20年経った今、当時のことについて記しておきたいと思います》

日本医科大武蔵小杉病院(川崎市)の腫瘍内科医、勝俣範之さん(51)は今月、ブログで被害体験を初めて詳しくつづった。
《我々は この事件を忘れてはいけないし、あのようなテロを許してはならない》

あの朝、地下鉄日比谷線に乗ったのは偶然だった。勤務先は当時の国立がんセンター中央病院(東京都中央区)。前夜に千葉県の病院で臨時の宿直をした。そこからの出勤途中、八丁堀駅で「病人がいます」という車内アナウンスがあり、救護しようとホームに降りた。
人だかりの中心に、口から泡を吹いて倒れている女性がいた。人工呼吸、心臓マッサージ。だがその間も、次々と20人近くが倒れていく。「臭いもしないし、音も煙も無い。とにかく大変な事態だ、と」
15分後、救急隊に引き継ごうとした時、立ち上がれなかった。視界がみるみる暗くなる。勤務先に救急搬送され、「毒物が原因だと思う。調べてくれ 」と同僚に言ったのを覚えている。
その日の午後、報道で「サリン」を知り、8ヶ月の長男を抱いて駆けつけた妻に「もしものことがあったら、子どもを頼む」と言った。

夜、一人きりの病室で死の恐怖におびえた。症状は治まるのか。後遺症は?
……神様に祈った。
同時に、自分が診てきた何人ものがん患者を思った。《この部屋に入院した患者さんも、自分と同じような思いをしているのだとしたら、毎日この恐怖と闘っているのだと思ったら、涙が出てきました。(略) いつも患者さんを支え、慰める存在でありたい》と

4日ほどで症状は消え、職場復帰できた。後遺症も無い。一方、救おうとした女性は亡くなった。女性が乗り、林(現姓・小池)泰男死刑囚がサリンの袋を破った電車は自分の一本前だった。その差は2分ほど。「生死は紙一重。自分は運が良かっただけ」と話す。
「オウムの実行犯に特別な恨みは無い」。20日、今の気持ちを語った。同じ医師だった林郁夫受刑者=実行犯の一人で無期懲役が確定=を思うと「命に向き合う重圧の癒しをオウムに求めたのか……」とも考える。
「どんなに高学歴の人間も不安や憎しみがあり、そこに付け込むのがカルト。弱さを聞いてあげる環境が、周りに無かったのではないでしょうか。いま『オウムが悪い』と責めるだけでは、解決にはならないと思います」
(岡雄一郎記者)




……以上(3/20 朝日新聞夕刊・一面の記事より)



(-""-;)・・・そうだったんですね
この時の経験が、今の勝俣先生 (がん患者に寄り添い、そして、人(他人)の気持ちを思いやる事が出来る 優しいDr.)を作る礎の一つになっているのかもしれませんね

今日は、貴重な体験を聞かせて頂き 有り難うございました m(__)m

再び 備忘録……(*´-`)

(……父の退院)

昨日、土曜日……ようやく父が退院しました (*´-`)


15日に入院した後
執刀医の都合で、手術日が1週間延びてしまい、結局は 20日も入院生活を送るはめになってしまった訳ですが


何とか手術は成功~.:*:・'°☆
今は ホッと一息といった所です


腹部大動脈瘤・・・
いつ破裂するかも分からないという不安と向き合いながら、発見から4ヵ月も経過しての手術


今回、父の場合は、おへその裏辺りに 6㎝、それから~胃の下に 2㎝の動脈瘤が見つかったのですが……

……何せ、83才という高齢

そこで、なるべく体に負担が無い様にという事で、手術は 開腹手術で人工血管に置き換えるのではなく、脚の付け根部分を切開し、そこにある大動脈から患部まで、ステントを挿入するという術式を選びました


お陰様で、 その後の回復も早い様です

・・・ 良かった、本当に良かった(^.^)




入院にあたって~、父はもちろんですが
母も気丈に良く頑張りました
(母は 2012年 6月に膀胱癌の手術を受け、今は 経過観察中の身なんです)



何やかや言っても、長年連れ添った夫婦・・・お互いに大切な存在なのですね



「いつの間にか~こんなに年を取っちゃって~。
私達は 二人で一人だな……」と言った母の横顔が 忘れられません 。。(〃_ _)σ



(帰りの車窓から見た 峠の雪景色……)
(……又もや ピンボケかっ( ̄▽ ̄;)!)

’12年秋…乳癌ステージ2b・HER2 3+トリプルポジティブ告知

アラフィフサバイバー。…もし、これが必然であるなら~、乗り越えろ!って事ですよね (=^ェ^=) ゞ

さくら色

Author:さくら色
アラフィフ乳癌サバイバーです。2012年10月…ステージ2b・トリプルポジティブの告知を受け、7ヵ月間の術前化学療法を終了し、6月に右全摘。その後単独ハーセプチンを1年、現在はアリミデックス服用中です。以前の様な生活に戻りたい……でも なかなか病気の呪縛から離れられない。それでも前を向いて歩いていかなければ……。

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アラフィフ乳癌サバイバーです。2012年10月…ステージ2b・トリプルポジティブの告知を受け、7ヵ月間の術前化学療法を終了し、6月に右全摘。その後単独ハーセプチンを1年、現在はアリミデックス服用中です。以前の様な生活に戻りたい……でも なかなか病気の呪縛から離れられない。それでも前を向いて歩いていかなければ……。

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